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函館地方裁判所 昭和36年(わ)144号 判決

被告人 甲

昭一七・二・二一生 無職

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収してある玩具スピツツ一個、ネツクレス一個及び果物ナイフ一本(昭和三六年押第三一号の九、一〇及び一二)はいずれも被害者久末恵美子に還付する。

訴訟費用は被告人に負担させない。

理由

(被告人の生活史)

被告人は、

一、函館市弁天町九四番地において、当時船員をしていた父Tと母Hとの間に同胞三人の長男として生まれ、三歳の時実父が軍属として従軍中戦死し、函館市立常盤小学校第二学年在学中、継父I(実父Tの実兄)が窃盗罪により服役したため、生活に困り、昭和二五年、姉Yとともに実母の義姉K方に託され、北海道宇呂郡佐呂間町立佐呂間小学校第三学年に転じたが、同校第四学年在学中頃から野荒し等の非行を繰り返えすようになり、右K方においても、被告人の処遇に困却し、昭和二七年継父Iが出獄するのをまつて、実母の許へかえされ、函館市立弥生小学校第五学年に通学することになつたが、その盗癖は容易になおらなかつた。

二、そこで、昭和二八年北海道立大沼学院に収容され、翌二九年同学院を退院したが、その間実母が、継父Iと別れ、竹籠行商をしていた雪田一郎と結婚していたためか、実母の許に寄りつかず、素行がおさまらなかつたので、同年九月二七日、同道立日吉学院に収容されたが、二度に亘り同学院を逃走して窃盗を犯し、昭和三二年三月一四日函館家庭裁判所において、函館保護観察所の保護観察に付され、同年一〇月三日同学院を退院した。しかし、更に改めるところなく同年一一月一五日窃盗罪の非行により、同家庭裁判所において、初等少年院に送致され、ついで昭和三三年一二月一八日中等少年院に送致され、翌三四年一〇月九日北海少年院中等科を仮退院した。

三、ところが、実母等は被告人の引受けを拒んだので、函館保護観察所の世話で、函館市所在財団法人函館助成会に入つたが、一晩でとび出し、少年院で知合になつた佐藤藤七の紹介で、同年一一月四日頃、後記判示第二の犯行の被害者である東時子の経営する同市松風町一八番地中華料理店「味彩」に住込み店員として雇われ、同女には「三ちやん」と愛称され、出前持、料理見習、更には集金の業務さえもまかされ、その信用を得ていたのであるが、翌三五年一月九日、同女から、同市栄町三番地田村きよ方より、小切手と引換に現金一〇万円の受取り方を依頼され、同日同人宅よりこれを受領したが、大金を手にするや、それに目がくらみ、これを着服して上京し、東京都内の盛り場を遊び廻つていたが、右業務上横領の非行により同都内において警察官に逮捕されたのである。かくして同年二月一一日、函館家庭裁判所において、再度中等少年院に送致され、翌三六年一月九日北海少年院中等科を仮退院し、同日旭川保護観察所の世話で、旭川市所在財団法人旭川大雪会に入り、同所の製材工場で働いていたが、函館市に実母がいるためか、帰函の念にたえ難く、遂に同年三月一日同所を無断でとび出し、函館に帰り、同市松風町八番地石田得英方等に宿泊し、実母に会つたり、職を求めたりしていたのである。

(本件犯行を犯すに至つた経緯)

被告人は、同月七日、かねがね更生するように励まされていた前記石田に対し、函館には職がないので、札幌に働きに行きたいと心にもないことを言つて、同人を信用させ、翌八日午後〇時頃、同人に同道され、国鉄函館駅にいたり、そこで同人から札幌行きの旅費として現金九〇〇円を貰つて、札幌行きの乗車券を買い求めたが、同人が帰宅するや、すぐに右乗車券の払戻しをし、同日午後二時頃同市松風町所在の映画館大門日活館に入り、「やぶれかぶれ」等の映画を観ていたが、その際、ふと、前に勤めた「味彩」は、一日二、三万円の売上げがあり、午前一時半頃に閉店し、一階の茶の間兼寝室に前記東時子とその娘和子の二人のみが就寝し、同室に一日の売上金を入れた金庫が置いてあり、他の店員達は二階又は三階の各部屋に就寝することを思い出し、手持金も少くなつていたし、同女方の屋内事情にも通じているので、同所に忍び込み売上金を窃取して、本州方面に逃走しようと考え、同映画館内で少年院で知合つた檜森豊彦にそのことを謀つたが断られたので、単独で実行しようと決意し、同日午後六時三〇分頃同映画館を出て、午後九時頃まで同町一七番地オリオンパチンコ店で暇をつぶし、その後、同市万代町、海岸町、松風町等を徘徊したうえ、翌九日午前二時頃からしばしば右「味彩」の様子を窺い、同女方が寝静まつた午前三時頃、右「味彩」の調理場窓口より屋内に忍び込んだが、右東時子が起きてきた気配を感じて逃走し、さらにその機会を窺つていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一、同日午前三時三〇分頃、前記オリオンパチンコ店内で、同店店員久末恵美子所有の玩具スピツツ一個、ネツクレス一個及び果物ナイフ一本(昭和三六年押第三一号の九、一〇及び一二)を窃取し

第二、同日午前四時頃、再び前記「味彩」こと東時子方より売上金を窃取する目的をもつて、同女方調理場窓口より故なく屋内に侵入し、先づ同女方裏口の戸の止め金をはずして逃げ口をつくり、その場にあつたマフラー(前同号の一一)で覆面し、若し同女に発見された場合は、同女を脅かし、その怯む間に逃走しようとして、携帯してきた前記果物ナイフ一本(前同号の一二)を右調理場にあつた刃渡約二四・一センチメートルの肉切庖丁一丁(前同号の一三)と取り換え、これを持つて、右時子(当時四六年)とその娘和子(当時九年)が眠つている茶の間に入り、同女等の寝台の枕元にあつた手提金庫、小抽出等を物色し始めたが、その時右時子が寝返りを打つたので、とつさに同女が起きてくるものと思い、その寝台の後方に身を隠したところ、起き上つた同女が不審に思い室内の様子を確かめた上就寝すべく、電燈を消そうとした時、ふと柱にかかつていた鏡に被告人の姿が写つているのに気付き、驚きの余り叫び声をあげるや、被告人は逮捕を免がれるため、とつさに所携の右肉切庖丁で同女の左胸部、左上腹部及び左大腿部内側を突き刺し、同女に対し、左肺臓下葉部を切断し心臓心尖部に達する左胸部刺切創、肝臓左葉部を切断し胃内腔に達する左上腹部刺切創、左大腿部内側部刺切創等の傷害を負わせて逃走し、よつて同女をして心臓心尖部及び左肺臓下葉部刺切創による失血のため即死するに至らしめ

たものである。

(証拠の標目)(略)

(適用すべき法令)

被告人の判示所為中第一の点は刑法第二三五条に、第二のうち住居侵入の点は同法第一三〇条前段、罰金等臨時措置法第三条第一項第一号、第二条に、強盗致死の点は刑法第二四〇条後段にそれぞれ該当するところ、住居侵入の点と強盗致死の点は互に犯罪の手段結果の関係にあるから、同法第五四条第一項後段、同法施行法第三条第三項、刑法第一〇条により重い強盗致死罪の刑に従つて処断することとし、これと前示窃盗罪とは同法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、強盗致死罪の所定刑中無期懲役を選択し、同法第四六条第二項により窃盗罪の刑を科さないこととし、被告人を無期懲役に処する。

なお、押収してある玩具スピツツ一個、ネツクレス一個及び果物ナイフ一本(前同号の九、一〇及び一二)は、いずれも被害者に還付すべき理由が明らかであるので、刑事訴訟法第三四七条第一項により被害者久末恵美子に還付することとし、訴訟費用については、被告人は貧困のため納付することができないことが明らかであるので、同法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

最後に情状について附言するに、被告人は、判示のように早く父を失い、生活難のため他家に預けられて肉親の愛情に飢え、非行を重ねて施設に収容された期間が長かつたため、正規の学校教育を受ける機会にも余り恵まれない程の不幸な境遇の中で育つた少年であること、鑑定人佐藤晴夫作成の鑑別書によれば、被告人は永年の施設生活による施設病によるか、遺伝その他の原因によるか的確にその原因を指摘することは困難であるが、性格に欠陥があり、自己本位的であつて、常に不満足感に支配され、開放され自由になれば、欲望のおもむくままに、無計画で盲目的な行動に走り易く、それを統制する能力に乏しい性格異常者であり、又道徳的心情に乏しく、智能的にこれという欠陥はないが、正規の学校教育を受ける機会に恵まれなかつたせいもあつて智能が正常に達していないことが認められること、被告人をしてことここに至らしめた一因として、貧困少年、非行少年に対する社会的施策の十分でない点を指摘できることなど、量刑上同情を寄せる余地がないでもないが、ひるがえつて考えるに、被告人は少年とはいえ犯行当時既に一九才を越えており、性格異常の点はあつても精神病ではなく、責任能力は具備していたものと認められること、過去において幾度か更生の機会が与えられたが改悛の情見るべきものがなく、遂に強盗致死罪という大罪を犯すに至つたもので、先に判示するとおりその犯行の動機、態様においては全く同情の余地がないこと、被害者東時子は、かつて被告人を雇用中、その信頼を裏切られて、集金一〇万円を拐帯逃走された被害者であつて、雇用中被告人を酷使するなどの責められるべき落度はなく、被告人は同女に対し心から謝罪すべきであるにかかわらず、再び罪を重ね、しかも何にもまして尊い生命を奪い去つたのであつて、その行為は甚しく背恩的であること、被告人の兇刃に慈愛深い母を奪い去られた遺児をはじめ、その遺族の痛恨は察するに余りあること、被告人の道義心は稀薄で、被害者の冥福を心から祈つているものとは認め難く、自由刑による教育的効果も今のところ多くを期待しがたいものと認められること、その他諸般の事情を参酌すると、被告人の犯行に対し、酌量減軽の上少年法第五二条を適用して、五年以上一〇年以下の範囲で不定期刑を科するという寛大な処分を考慮する余地はないものというべきである。とはいえ当裁判所は、徒に被告人を憎むの余り、被告人が失望に打ちひしがれ、世をのろいつつ、獄中に生を終ることを望むものではない。無期懲役といえども獄中における行状次第によつては、七年を経過した後において仮出獄の恩典に浴する道が開かれているのである。当裁判所は被告人が心から今までの非行を悔い、更生の道を歩むことを期待したい。それが恩義を受けた被害者におわびすることであり、今まで心痛をかけてきた病弱の生母に孝養を尽くすことであり、そこに前途の光明があり、被告人自身救われることになる。被告人の深い反省と明るい更生を心から望むものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 雨村是夫 石田登良夫 佐藤貞二)

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